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阿佐見昭彦 ASAMI Design代表
(Principal Architect, ASAMI Design)
安岡 正人 東京大学名誉教授
(Prof. emeritus., Tokyo University, Dr.Eng.)
末永 義明 五洋建設
(PENTA-OCEAN CONSTRUCTION CO., LTD)
根本 修平 東京電機大学建設環境工学科
(Instructor,Tokyo Denki University, M.Eng.)
上森 弘恵 五洋建設
(PENTA-OCEAN CONSTRUCTION CO., LTD) |

正三角形を基本平面とする音楽ホールの提案と検証(その1)
計画概要と音響的特徴について
三角形 コンサートホール 2000席
平均自由行路 響き Salle de Kaléido
1.初めに
音楽ホール建築の歴史は劇場に比べて比較的新しく、現存する資料から判断する限りは、ドイツのライプチヒにあった旧ゲバントハウス(1776年)をもって、最古のものと判断されている(注1)。従って、230年ほどの歴史ではあるが、これまで世界各地に多様な種類や形態を持つ数多くの実例を残してきている。
音楽ホールの形状は、シューボックス型とこれ以外に大きく分類されると考えられる。つまりシューボックス型は、これまでの知見とその設計事例において一定度に収斂された形式であるが、これ以外の形式では、依然として考慮すべき多くの課題があると考えるためである。またワインヤード型は、1960年代初頭にベルリンフィルハーモニー・ホールにおいて提案され、多くの問題を解決して完成したことにより、コンサートホールの一類型を為すと考える。
本論ではこのような認識に基づき、基本となる平面形に着目し、正三角形を基本平面とする形態の音楽ホール(以下三角ホール)の計画提案を通し、その建築計画上の可能性や基本的な音響特性などの検証を目的としている。
2. 典型的な平面図形の特徴と三角ホールの概要
正三角形は他の形に比べ、周長(壁長)が1:3の矩形と同程度であり、中心から各辺(壁面)までの平均距離は円形と同程度である(図1)。また隅部を内側に折り返した場合は、周長は同じになるが、各編までの平均距離は15%程度短くなる。これらのことから正三角形は、周長(壁面積)が長く、かつ中心から壁面までの距離が極めて短い形態であることがわかる。
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()内は、三角形の隅部を内側得折り返した形態のデータ
図1 典型的な平面図形とその特徴 |
また三角平面形は、音源の位置によりそれぞれの隅部を逆扇形状の客席として見なして計画することができ、この形状は無限に反射する万華鏡の光の要素を音に置き換えれば、密実な音場が形成されるのではないかと考え採用した(図2、注2)。
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図2 万華鏡(kaleidoscope)、模型写真 |
これらをもとにステージ(音源)を三角形の中心から外し、客席はこれを囲み逆扇形状が形成するように高さを異ならせて配列した。
客席数は、1階1254席、2階662席、3階312席、合計2228席である。特に隅部は、対称形状を為して室内中心側へ三角内壁を折り返すことによって、座席の視聴環境の向上のみならず、音源から壁までの平均距離を短くすることができた(図3,4)。
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図3 断面図 S=1/1800 |
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図4 各階平面図 S=1/1800 |
3.音響に関する分析
a)コンピュータによる解析
正三角平面の基本形状について、図5において側壁からの反射音の検討を行った。音線図は矩形と似た形となり、音源後方からの反射音を考慮すれば、壁からの反射音がこない客席は無いと判断される。
また、三角ホールの計画案について、音源を舞台上に設定し、音源から距離12m位置での反射音の平均距離(平均自由行路:MFP)を幾何音線計算により求めた。表1の反射音到達時間は、直接音が到達してから、反射音が到達する迄の時間である。三角ホールの各反射回数におけるMFPはシューボックス型のボストンシンフォニーホールと比較して著しく短い。また、聴感上の音響性能に影響する初期反射音について、三角ホールでは100ms以内に2回までの反射音成分が到達しており、充分な初期反射音成分が得られていると予想される。
b)音響可聴システムによる検証
三角平面形について、音楽ホールとしての可能性を判断する為に、三角ホールの計画案について音響可聴システムによる検証を行った。可聴システムは五洋建設(株)(RIMAGE+システムによる)とBOSE社(オーディショナー)の2種類のシステムを使用した。検証結果は、同様な聴感上の評価を得た。
・残響時間を長く(4秒程度)設定しても直接音とそれに補う初期反射音により充分な明瞭度が得られる。
・座席位置による音の違いは小さく、ホール内では均等な音響性能が得られる。
4.まとめ
シューボックス型、及びワインヤード型とは異なり、三角ホールは、ステージ前端から20m程度の範囲内に2000席を超える座席を収める平面プランを可能にし、図6、7から視覚的にも音響的にも優れた成果が得られる可能性を確認した。
このホールは、音源と受音点が近接することにより、充分な直接音と側方からの初期反射音が確保され残響時間を長くしても明瞭度が確保できる新たな響きの空間を実現する1つの手法となると考えられる。
5.今後の課題
本編では、基本的な計画事項の検証にとどまったが、今後は以下の点を課題として継続的に考察を加えたい。
三角形状は、外周長が長く適当な座席数を確保すると建築の外形が大きくなり、適合する敷地が制限される。また構成角度が鋭角(60度)なため、付帯機能との接合や隅部の扱いにおいて整合性を図りにくい傾向がある。そこでこれらについて他事例群を分析しさらに修正を加えると共に、得られる知見を報告したい。
実施設計では音響設計による詳細検討が必要となるが、基本的な検討結果から音楽ホールとして、概ね良好な結果が予想される。今後の課題については、隅角部の意匠上の取扱いについて音響上の検証も必要である。また、側壁に近い位置での音響性能については詳細な検証が必要である。また、響きの拡張として従来より長い残響時間でも明瞭度の確保が可能と判断しているが、響きの豊かな空間での音楽鑑賞について、聴衆、作曲家、演奏者、を含めた検証が必要である。従来に無い音響空間の創生により新たな音楽芸術について期待している。
注1:コンサートホール、建築資料研究社、1994
注2:日経アーキテクチャー誌2006年11月13日号PP.74-76
注3:表2[]*の指標については、レオ・L.ベラネク、コンサートホールとオペラハウス、
2005の諸元に基づく
表1 反射回数による平均自由行路と反射音到達時間の比較 |
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図5 音線図比較 |
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図6 仮想音源分布 |
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図7 4回反射音線図 |
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図7 4回反射音線図 |
正三角形を基本平面とする音楽ホールの提案と検証(その2)
幾何音響的特性について
三角形 |
反射音構造 |
エコータイムパターン |
コンサートホール |
仮想音源分布 |
音響可聴システム |
1.はじめに
音響設計とは空間における音の時空的ふるまいをnすことだと言われている。それには音の流れに方向性を与える立場と拡散性を高める立場があり、時系列的にみると初期反射音と後期残響音でそのウェイトが異なる。
3.初期反射音の時間構造
一般に、様々な音響的欠陥を安易に避ける方法として、出来るだけ拡散性を高める方向が推奨され、正多面体などの幾何学的に整った室形を採用することはタブー視されている。
前報の試設計の正三角形ホールに対し、音線法(リマージュ+)によるシミュレーションを行った結果から、直接音と反射音の時間構造を検討したものを図3に示す
直接音の伝達時間、視距離が短いことは前報にも述べられている通りであるが、1回反射音がほとんどの席で平均50ms以下の時間遅れで到達しており、2回反射音も100ms以下で数多く到達している。また、図には示されていないが後期の多数回反射も、前報に示したように平均自由行路が短いことから、時間密度が高く返って来ている。
しかしながら、少なくとも初期反射音においては、より積極的に音の流れを時空的に統制することを念頭においた設計を行うべきだと考えている。
このような観点から、最も基本的な形である三角形、しかも正三角形平面のホールを提案し、その可能性を検討することにした。
建築計画的検討は(その1)でなされているのでここでは幾何音響的検討を行った結果を報告する。
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図1 ホールの平面形状と反射音の流れ |
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図2 音線検討位置図 |
2.ホールの形状と音の流れ
究極的な拡散音場を作り易い形として我国では測定用残響室に不整形五角形が推奨され、低音域の固有振動領域から高音域の幾何学的拡散領域までそれなりの拡散音場が実現されているが、その中で音楽を聞きたいかと問われれば否と応えざるを得ない。
正三角形は平行面を持たない点では有利であるが、点対称や軸対称を考えれば数多くの音響的特異点を持つことは自明であり、鏡像を展開すれば正にカレードスコープ、万華鏡の世界である。
しかしながら、直接音と1回反射音の流れをみると、図1に示すように正三角形は他と比較して明らかに到来方向の角度差が少なく、直接音を音量的に増補する初期反射音として、方向定位や距離感等の面から望ましいといえる。このことは聴感的にも確認できている。
3.初期反射音の時間構造
前報の試設計の正三角形ホールに対し、音線法(リマージュ+)によるシミュレーションを行った結果から、直接音と反射音の時間構造を検討したものを図3に示す
直接音の伝達時間、視距離が短いことは前報にも述べられている通りであるが、1回反射音がほとんどの席で平均50ms以下の時間遅れで到達しており、2回反射音も100ms以下で数多く到達している。また、図には示されていないが後期の多数回反射も、前報に示したように平均自由行路が短いことから、時間密度が高く返って来ている。
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図3 |
各受聴点における直接音到達時間と反射音の平均遅れ時間 |
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4.反射音の空間時間構造
ホール内の代表的な受聴点に対する4回反射音までの音線図と30回反射までの仮想音源分布図を図4に示す。多くの受聴点で1回反射音と2回反射音は音源方向と近い方向から到来しており、3回反射音以上になると順次様々な方向に分布し、その数も増大している。
仮想音源分布は山崎等のように到来音の強度を点の大きさで表したものではないが、空間的な分布から到来音の方向と時間遅れを読み取ることが出来る。音源を舞台中央に置いたために、受聴点が正面の軸線上にある場合、対称性等が強調された仮想音源の展開になっているが、それ以外の受聴点では、半径68m(200ms)以遠の領域でかなり均一かつランダムな分布となっている。壁面、天井面が大きな平面であるにもかかわらず、このような分布になっていることが、三角形のもつ本質的特徴かどうかは今後検討を要する課題である。
5.おわりに
正三角形ホールの音響的特性について、幾何音響学的な視点から、直接音と反射音の空間時間的構造について検討を加え、初期反射音の到来方向的特性や時間的特性、及び、後期反射音の空間分布性状などを明らかにし、これまでにないホール形状のもつ音響的可能性を示すことが出来た。
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図4 仮想音源分布と音線図 |
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図5 インパルス応答波形(No.5) |
正三角形を基本平面とする音楽ホールの提案と検証(その3)
音響可聴化システムによる検証について
三角形 |
響き |
平均自由行路 |
音楽ホール |
リマージュ |
音響可聴システム |
1.はじめに
三角ホールは音楽ホールとして前例の無い形状から、音響特性の検証については音響可聴化システムの活用が有効であると判断した。三角ホールの建築音響に関する検討は音響可聴化システムを活用し進めたが、形状と音響特性からも想定されるとおり、新たな響きの世界が聴衆、演奏者にどのように受け容れられるかの確認が必要と判断される。本報告では、三角ホールの検討の過程で使用した、2種類の音響可聴化システムのうち当社のシステム(リマージュ+)の紹介と複数の被験者による初歩的な実験結果を報告する。
2.音響可聴化システムについて
五洋建設(株)の音響可聴化システムは1997年9月に運用を開始した。当社では音響可聴化システムを音響設計手法としてだけではなく、施工段階で室内音響についての問題点を把握し対策する事により竣工後の障害を少なくする目的に活用して来た。したがって顧客先、現場等での使用を前提としている。音響可聴化システムは2005年3月に大幅な機能向上と精度向上を図った、幾何解析システムは日東紡音響エンジニアリング(株)「リマージュ」に更新し、コンピュータもミニコンから64ビットパソコンに移行したが基本的なシステム構成については変更が無い。図1、表1にシステムの構成を述べる。
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図1 可聴取システムのシステム構成 |
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表1 可聴化システム構成機器概要 |
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3.検証方法
音楽を楽しむ空間である音楽ホールの主観的な評価は個人的な音楽体験、嗜好も影響し評価が分かれる。今回は、三角ホールの実現性を判断するための印象を求める事を目的とした初歩的な検証とした。
(a)被験者
被験者は音楽のプロではないがコンサートホールでの音楽聴取または、演奏の経験を持つ者とした。
(b)音楽聴取による比較
響きと明瞭度の評価は人の声が有効であるが、音楽を楽しむためのホールとしての可能性についての評価が目的であることから、音源は音楽演奏とし、素材も2種類に限定した。
・ピアノ音(ショパン)・弦楽四重奏(パッフェルベル)
(c)評価項目
可聴化システムにより擬似再現された音を、被験者が音楽ホールでの聴取として判断するのは容易では無い。被験者に対しては音の印象を得る事が目的である事を告げ、評価は新しい音響設計の指標として提案されている表2の6項目について求めた。
表2 音の評価指標 |
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(d)評価方法
各々の音楽ホール内の前方と後方について受聴点を設定し、提示音源について前方の評価点同士、後方の評価点同士について行った。
4.音響解析内容
(a) 対象施設
三角ホールと比較する施設として、ウィーン学友協会大ホールを選定した。このホールの室内音響については一般的に多くの人が良好と回答しており比較評価の基準として最良と判断した。
(b)幾何解析
2つのホールについて、幾何音響計算により室内音響特性を予測し、図1に示す方法に従い可聴音源を作成した。ホール内の音源位置、評価位置(座席位置)を図2、図3に示す。幾何計算では反射音回数を25回に設定している。三角ホール前方のハリネズミ図を図4、評価位置での反射音線数を表3に示す。初期反射音領域となる直接音が到達してから100ms以内では、三角ホールでは前方、後方共に3回反射音が、学友会館大ホールでは前方が2回、後方は3回までの音線が届いており、良好な室内音響であると予想される。また、図4のハリネズミ図から、三角ホール前方の評価位置では各方向からほぼ均等に音が入射していることがわかる。
表3 評価位置での反射音線 |
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図2学友協会大ホール座席位置 |
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図3 三角ホール座席位置 |
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図4 三角ホールハリネズミ図 |
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(c)聴取室
音響聴取室は、一般の事務室を使用した。室内の吸音率は実測で約0.2、室内の音響性状は可聴システムを用いた音響評価の目的としては良好では無い事からスピーカと被験者の位置を1.0mまで近づけた。
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図5 試聴位置図 |
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表4 室状況概要 |
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5.評価結果
前方の席では、学友協会大ホールについて被験者全員が良い印象を持っている。三角ホールでは、意見が分かれ響きを高く評価した被験者も複数いた。後方の席に対しては、三角ホール、学友協会大ホールともに評価にばらつきがみられるが、三角ホールの響きに対して良い印象を持っていた。
6.まとめ
計算による三角ホールの残響時間は満席時500Hzで約3秒となっている。被験者にとり初期反射音と響きの豊富な空間での音楽聴取は未知の世界であり、判断に躊躇するものであった。比較した学友協会大ホールの実空間での響きの素晴らしさは定評があり、それが音響可聴システムによっても充分判断でき理想的な響きとして聴取者にも理解されたと考えられる。新しい響きの世界として、三角ホールを評価するのであれば印象も異なったと考えられる。今後とも実務に活用しながら解析精度の向上を進めていきたい。
謝辞
幾何音響解析システム「リマージュ」の開発者である、日東紡エンジニア(株)鶴秀生氏には機器の調整、プログラムの改良等で多大なご協力を頂いた感謝の意を表します。また、建物データ作成と解析については秋山拓美氏のご尽力が大きかった。
参考文献
1〕吉川他、音響可聴化システムの開発:五洋建設技術年報告Vol.26 1998.10
2〕安岡 ホールにおける「形象」と「音象」と「心象」:建築音響研究会資料AA2005-20
後方席
3〕H.Tsuru., Visualization and auralization for architectural acoustic simulation:Acoustical Society of America and Acoustical Society of Japan Third joint meeting, 1996.11
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