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[YUKIZURI in Venice “ヴェニスでゆきずり”]1998年2月、ヴェニス・マルコポーロ空港からローマ広場に着いた時は既に23時を回っていた。水上バスのヴァポレットは、ドッドッドッと焼玉機関特有のエンジン音を響かせながら、メディナの擁壁のごとく聳える建築群が作り出す漆黒、否、闇の道を切り裂きながら前進する。船長の操るレバーは前進と後退を何度となく繰り返され、大運河の両岸に代わる代わる接岸しながら、また次の停留所へ。
15年ぶりの深夜のヴェニス。サンタマリア・デル・ジリオで下船する。申し訳程度の広さの艀が大運河に張り出している、幅2m、真っ暗な建築のトンネルの向こう側に仄かにオレンジ色の灯火が映える。道は此処しかない。闇の中をトランクを引き摺りながら進む歩みは遅い。映画エクソシストの冒頭の場面が頭を掠める。目指すはホテル・ラ・フェニーチェ・エ・デザルティスト。直進すればラ・フェニーチェオペラ座。細い運河に掛けられた太鼓橋の階段をやっとの思いで渡る。放火のため焼け落ちたオペラ座は再建のための工事もまだ始まっていない。突然行く手を遮る万能鋼板の仮囲いの壁。あと一歩のところで行き着けないもどかしさ。大回りをするが、ラビリンスの中で行きたい方角と微妙にずれてくる。困惑するも一瞬、明るい一筋の光が細い道に漏れ出ている。バールの主人は脇の小さいトンネルを潜り抜けて直進すればホテルだと言う。知らず知らずに反対方向を目指していたようだ。それが海の迷路都市ヴェニス。117の島に446の橋。運河と橋がヴェニスの生命線。初めてであればヴェニスに夜遅く着くことは不安と困難を伴う。しかし慣れるにつれ、これほど不思議な魅力を湛えた街などどこにもないことを知る。
ヴェニスはいつでも絵になるシーンで満杯である。だからこそ此処で良い写真をものにすることは難しい。目的を定めずに彷徨することがこの街の魅力だ。なにしろ目標が無いのだから、道を間違えるということにはならない。あれと、あれを見たという旅ではなく、何時間彷徨った、何日彷徨ったなどと言ってみたいのです。たとえほんの短い滞在であっても、そのような時間を過ごせたら、それこそ至福の旅と言えるのです。
散骨に訪れたリド島の外海アドリア海。ここまで来ると次々と押し寄せる波頭も白く大きく砕け散る。濃灰色の雲間からかすかに筋を引いて海に消えてゆく霙。何列も並んで海に向かって突き出すコンクリートの突堤も所々波を被って濡れている。小さいガラスの器を携え、海へ向けて石の道をゆっくりと歩む。右と左と真中と、三方向に沈める小片と白い粉。じっと波間を凝視しながら祈りを捧げて過去を封印しようとするが、過去と決別することなど不可能だ。むしろ生ある限りヴェニスを訪れれば良いかもしれない。
空のガラス器を胸に収め、何事も無かった素振りでサン・ザッカリアに降りる。スキヤボンを歩きながら観光客の群れの中に紛れ込んでサンマルコへ・・・・。
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